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2017年9月23日 (土)

アムロスなんかに負けるな

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【連載・歴史探訪2017夏】龍潭寺にある井伊直虎像(静岡県浜松市で、2017年8月23日撮影)

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龍潭寺

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小堀遠州作庭園

安室ちゃん引退表明
◇安室奈美恵が来年9月での引退を表明。特にファンというわけではなかったけど、45作目のシングル「Hero」はリオ五輪のNHKテーマソングということでいやでも耳に入り、その美しいメロディーと歌声、自身のリオへの旅の思い出も重なって、最も心に響く曲のひとつだっただけに、曲が流れるたびに胸が締め付けられている。その一方で、とても爽やかな、すがすがしい気持ちにもなっている。決断が潔かったからだろうか。ゴルフの宮里藍のときも同じ気持ちになった。2人は同郷。沖縄女性の持つ思い切りの良さ、あるいは自由さ、あるいは世間の常識を超えることができるスケールの大きさとでもいうのだろうか。藍ちゃんの引退表明後、インタビューを受けた彼女の知り合いも含めた地元の人たちは一様に、引退を肯定していた。「残念」「早すぎる」という表現以上に、「ここまでよく頑張った」「お疲れさま」という声が圧倒的だった。安室ちゃんに対してもきっと、同じような声が聞かれると思う。自分も同じ。限界ギリギリまで、例えばイチローやカズのようにボロボロになりながらも続けるというのもひとつの美学だけど、良く引き合いに出される山口百恵のようにスパッと“足を洗う”のも、美しい生き方だろう。テレビで坂上忍が「引退したら戻ってきてほしくないような・・・」と言っていたのも、とてもわかる気がする。安室ちゃんも藍ちゃんも、ある意味、余力を残した形かもしれないけど、それに区切りをつけて新しい道に進むのは、とても素晴らしいことだと思う。引退後というと、「第二の人生」とか「余生」とか、どちらかというとネガティブ、あるいはワクワク感のない表現でくくられがちだが、一度しかない一生でこれまでとは違った生き方ができるのは、「人生二毛作」なんてダサい言葉は充てたくないけど、それと似たような新たなチャレンジがこれから始まるということで、2人にとってはむしろ高揚感いっぱいの門出のような気がする。安室引退報道に際して、自身の感情を書いてみようとしたものの、うまく表現できなくてもどかしいのだが、残念なニュースというよりむしろ明るい、未来に向かって前向きなニュースだと感じている人間も少なからずいるということを言えればと思う。でも、テレビの映像で、自分より少し下ぐらいの世代だろうか、ファンがテレビインタビューに涙を流して答えているのを見て、ひとつの時代が終わった寂しさも感じている。テレビやネットでは大きく取り上げられていたが、新聞ではかなり地味だったというのが、元業界人としての印象。今後、文化、芸能欄などで深く掘り下げた記事がでるのかもしれないけど。若者に読まれない理由がわかる気もする。
 
存亡の機
◇前の文に関連してきょう金曜、フツーに生きていくためには必見のようになってきたヤフーニュースに、自分の専門、といったらおこがましいか、テーマでもある業界の記事が数本載っていた。毎日新聞の新規採用者の過半数が女性になったという記事。午前中、株取引で忙しい時間に目にした。新聞社の場合、まず筆記試験から行われるのだが、関係者の話として、成績順すると女性ばかりになってしまうので面接で男にゲタを履かせたものの、それでもようやく半分ほどにしかならなかったという。そして内定後、男の辞退者が続出し、社の幹部は頭を抱えているのだという。実は20年以上前の自分の頃も、男にゲタの話は本当だったようだ。実際、同期をみても、女性の方がおしなべて優秀だ。女性が多くて何が悪いと言われれば確かにそうだし、女性の方が記者としての適性があるというも真実だとは思うけど、日本の、あるいは新聞業界独特のブラックな労働環境という点で、男性がある程度いないと回らないというものまた事実なのだ。
  自分が新人として支局に配属になった時に初めて、女性の宿直勤務が始まった。大半が1人で泊まるのだが、十分な安全設備もないし、女性が寝られるようなベッドも寝具もそれまでなかった。だが女性記者だらけになったので、多額の費用をかけて支局を改修した。自分の場合、玄関に鍵はかかったものの、酔っ払いや右翼、左翼も含めて深夜の訪問者は多かったし、宿直室にカギはなく、それも1室だけで男女別にできなかったし、畳の上に敷かれた万年床の寝具は文字通り万年床で、シーツは週に1回替えてもらえればいい方だった。ブラック自慢をしても仕方ないが、少なくとも女性が勤務できる状態ではなかった。労働環境はかなり改善されてきてはいるものの、最悪の環境で働ける男の記者が一定程度は必要、というのが業界の暗黙の了解事項である。この日は奇しくも電通の初公判が行われて夜のニュースで多くの時間が割かれていたが、残念ながら労働時間も含めて安全面など劣悪な条件で働ける男の存在がマスコミ業界には必要となっている。毎日さんも難しいところだ。自分たちの前の世代のように、女性には危険だからと支局や1人勤務が前提の通信部(局)に行かせないとなると、男女差別となってしまう。会社で決めたことならまだマシだが、部長や支局長や、特に実際の指揮をとるデスクにその判断がゆだねらてしまう場合、どんな現場でも時間でも、男女の別なく指示できるか。自分の場合は、まあ生々しいのでやめましょう。これは本当の話だが、後輩の女性記者が休みの日を利用して結納を交わしていたところ、当時のデスクから何度も原稿の問い合わせがあり、あげくこっぴどく叱られて泣いてしまい、さんざんな結納となってしまった。相手が同じ支局の男性記者だったから、結婚が正式に決まるまで、デスクを含め支局には内緒にしておきたかったそうである。まあ、その話も披露宴では「新聞」となって出席者みなに配られ、笑い話、思い出話となったからよかった。その夫婦はもちろん今も続いており、今でも毎年、年賀状が届く。その時のデスクも、幹部手前まで行ったものの現場に戻りたいと言って、海の見える地方の通信部の記者に戻り、数年前までやはり年賀状を頂いて近況を聞かせてもらっていた。また話がいつものように大きくそれてしまった。
  数日前、その古巣の会社から月一の社報が届いた。掲載されていたABC調査(部数調査)によると、前にブログでも書いたように予想通り、毎日新聞さんは7月度、全国で10万部の部数減となり、300万部の大台を割ってしまった。ぼくらの頃から優秀な記者は多かったのだけど、やはり時代の流れには抗えないかな。突然の流れで申し訳ないのだけど、その社報の最後から2ページ目に訃報、お悔み欄があるのだけど、先のエピソードのときの1代前の支局長、自分にとっては最初の支局長がそこに載っていた。小さな字で12行。入社してから定年になるまでついた部署名が7行を占めていた。78歳だから、寿命の短い新聞記者としては、天寿を全うしたといってもいいのかもしれない。「ナイフみたいにとがってた」自分は何度も支局長と衝突し、そのたびに居酒屋に連れていかれて、2人で何時間も飲んだことがいちばんの思い出。ご迷惑をおかけしました。安らかにお眠りください。
 
そろそろ勘弁してほしい
◇新聞業界話ついでに、もうひとつヤフーニュースから。右派からも左派からもそれなりの評価をされているテレビコメンテーターで「朝生」にも時々出演する東京新聞の長谷川幸洋・論説委員の「解散総選挙に『大義』が必要?バカも休み休み言いなさい」がアップさせていた。記事もおもしろかったが、注目したのは別のこと。当ブログでも何度か取り上げたあの女性記者のことを書いていたのだ。会社の同僚、後輩記者である。長いが引用する。「(前略)なんでも直撃質問すればいいと思っている厚顔無恥の女性記者が話題になっているが、彼女はただの「おバカ」か「ピエロ」だ。ときには直撃も大事だが、客観情勢から「こうなる」と分析するのも記者の仕事である。(後略)」。いや、すごいですね。イソ子さんにしてみれば、自分の会社の大先輩のスター記者からここまでけちょんけちょんに否定されたら、心が折れても不思議ではない。自分だったら、間違いなく耐えられない。直接言ってあげればと思うかもしれないが、長谷川さんは会社からにらまれ、今年論説副主幹の職を解かれている。会社のアウトローだから無理なんだろう。ブログの確認で長谷川さんのことをネットで調べたら、自分と同じ千葉出身で、同じ千葉高だった。もっともあちらは県立、こちらは市立。ご存知の方も多いが、えらい違い。で、慶応大に進学した。イソ子さんの先輩である。ちなみに長谷川氏は中日新聞に入社して10数年後、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院で国際公共政策修士を取得している。いつも午前11時半からスカパーTBSチャンネルで放送される米CBSテレビを録画して視聴している。官房長官会見が長引くと、番組の冒頭が生中継している会見に“浸食”されてしまうのだが、ここ数日間連続で、その浸食が行われ、録画の最初5分間に彼女が登場する。さすがに他社にこれ以上迷惑はかけられないと思っているからか、質問は最後である。だいたい、2,3分、例のよく通る大声で質問し、途中で幹事社から「質問は簡潔にしてください」か「質問に移ってください」と注意され、半分くらいは「ハイ」と答えるものの、ここ最近はその注意さえも無視して「主張」を繰り広げ、菅官房長官が「それは文科省に聞いてください」「小沢さんに聞いてください」「政府としての発言は控えます」など数秒で回答する、というのが常になっている。当ブログでも使い、長谷川さんも使った「厚顔無恥」という表現が適切なのか、鉄の心を持っているというのがふさわしいのか。いずれにせよ、メディアの右左関係なく、現役記者は困っていると思う。米メディアでも問題となっている、記者のアクティビスト化だ。記者を辞めて選挙に出て、議員になればいいのに思っている人は自分だけではないと思う。
  長くなったけどついでからもうひとつおもしろい話を追加。テレビでもおなじみの旧皇族・竹田恒泰くん、竹田JOC会長の息子であり、最近まで憲法学で慶大講師を務めていたそうだが、彼のYouTubeを偶然寝る前のベッドの中でみてしまった。しばらくして動画は「実は・・・」という独白が始まる。なんと彼、その望月記者とは、同じ大学の同じサークル出身の古い友人だというのだ。エイケン、関西では映画研究会のことで英語研究会はエッサッサというと習ったのだが、関東ではESSというらしい、そのサークルに所属していた。ESSはどの大学も所属人数は最大のところが多く、慶応でも同じと思われるが、彼と彼女は同期でESSに所属し、当時200人くらいいた1年生の中で2人とも、7人だけだったというオーディションに通ってドラマセクションに所属していたという。知りすぎた仲だったのだ。当時の同記者は、信念というか自己主張は確かに強かったそうだが、ノンポリ、政治にはほとんど関心なかったという。彼女が左にかぶれていったのは東京新聞のせいではないかと竹田くんは分析していた。左の人を右の世界に戻してあげるのが自分の仕事という竹田くんだが、今のところイソ子氏を説得するつもりはないらしい。来週もまた、イソ子劇場が始まるのかな。でもESSドラマ出身ということで、あの通る声の理由は判明した。でも英語は苦手だったのかな。加計問題で、「加戸・前愛媛知事は獣医学の専門家ではない。エボラ出血熱(MERS)を火星(MARS)と書き違えている」と糾弾したもの、MERSは中東呼吸器症候群のことで、原文に余計なものを付け加えたために大きなミスとなり、結局、揚げ足取りがブーメランとして自分に戻ってきた形となり、自分はよく知らないのだがツイッター界ではかなり揶揄されたらしい。英語自慢がアダになってしまったか。それはそれでちょっとかわいそうな気もするけど。
 
◆歴史探訪2017夏◆5 直虎と龍潭寺
 
  
龍潭寺は井伊直虎、直政ゆかりの寺。二十四代井伊直政は徳川家康に仕え、井伊の赤鬼と恐れられる活躍をした。この直政を後見人として養育したのが、二十二代井伊直盛の一人娘井伊直虎である。女城主として井伊家を支え、お家断絶の危機から救った。後に直政は徳川四天王の筆頭に出世、関ケ原合戦後、彦根に移る。◆幕末井伊大老直弼が開国の偉業を成し遂げる。龍潭寺はその千年余り、四十代の祖霊を祀る井伊氏の菩提寺として、彦根龍潭寺とともに、その歴史を今日に伝えている。(お寺でいただいたパンフから)


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近くに来て看板

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御霊屋

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本堂

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井伊氏墓所

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井伊氏発祥の井戸

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その井戸

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